おばさまの背中についたセミを捕る
2019年、令和元年の夏。
とてもとても暑い夏日の夕暮れ時におきた、
ちょっといいことをしたお話。
駅のホームにて
夕方、帰途につく僕が立っていたのは、3列の整列乗車を実施している駅のホーム。
中央の列の2番目に並んだ僕は、いつものように音楽を聴きながらスマートフォンを見ていましたが、あるとき不思議なことに気がつきました。
なぜか僕の隣、左の列の2番目には誰も並んでいない…。
つまり、左の列には先頭のおばさま以外、誰も並んでいないのです。
他の列は5〜6人並んでいるのに、左の列だけ一人……。
「いったいなぜ…?」
なぜ、誰もならんでいないのか?
それがなぜなのかはすぐに分かりました。
おばさまの背中に、セミがとまっている……!
左の列の先頭のおばさまの背中に、6センチくらいのアブラゼミがとまっていたのです。
みんなそれに気づいていたんだ…。
気づいているから、おばさまの後ろに並ばない…面倒なことに巻き込まれたくない…。
ちょっと待てよ、みんな…なんて人でなしなんだ。
このまま電車が来れば、おばさまはまず間違いなくシートに座ることでしょう。
そうなれば、いずれにしても、次のどちらかの悲劇が待っていることになります。
- パターンA セミが車内で飛び回り、パニック間違いなし。
- パターンB セミがそのまま押しつぶされて命を落とし、おばさまはそれにも気づかずに電車を降りる。
そうはさせません。
そんなの断じて、容認できることではありません。
あまりにも高いリスク
「おばさまもセミも、二人(!)とも俺が救う!」
そう心で叫んだ僕は、おもむろに右手を伸ばしました。
…しかし、おばさまの背中まであと20センチというところで、ふと、弱気な自分が目を覚ますのを感じました。
(まてよ…、ちょっとリスクが高すぎやしないか?)
- 声も掛けずにセミを捕ろうとして、おばさまが驚いて「ギャーッ!!!変態!」
- 捕ろうとした瞬間にセミが飛んで、オシッコを…!!!
- 飛んだセミが隣のおじさまの顔に止まって「ギャーッ!」となったところで電車がホームに滑り込んできて…
危険だ…。
ダメだダメだダメだ、あまりにも危険すぎる!
ごめん、みんな…誰も人でなしなんかじゃない。
みんなそこまで分かってて知らないフリをしていたんだ。
こんなに危険なリスクを背負ってまで、おばさまの背中のセミを捕ろうとすることなんてない。
「知らなかった。気がつかなかった。」でいいじゃないか…。
いやいやいや。
…それじゃ、ダメですよね、大人なんだから。
やるしかないんです。
やるしかないけど、
絶対失敗できないわけですよ、完璧にミッションを遂行するしかない。
逡巡の末に
そんな感じで想いを巡らせているうちに運命の時がやってきてしまいました。
「1番線に電車がまいります…」
無情にもホームにアナウンスが鳴り響きました。
来るべき時が来てしまった…!
その瞬間。
僕の上に降りてきたのでしょうね、正義の神様が。
おばさまの肩にそっと触れて、
「すみません、背中にセミが止まっているので、捕りますね」
とすばやく言うと、背中のセミを速やかに、かつ優しく捕獲に成功。
ホームの反対側にふわりと投げました。
セミ「ジッジジッジー」(ucchiiiありがとう!)
おばさま「あらぁ、すみませんでした。」
ここまで約10秒。
電光石火の夏のドラマは終わりました。
西日が差し込むホームは、汗ばんだサラリーマンやOLであふれ、駅員達は忙しなく声を張り上げて自分たちの仕事に勤しんでいます。
まるでなにもなかったかのように、ラッシュアワーの雑踏が再び僕を包みこんでいきました。
今日学んだこと。
「善行は、迷わず、素早く」
ありがとうございました。